今年の夏は、長野県の八ヶ岳クラフト市に出展いたします。
八ヶ岳は子供の頃によく家族でキャンプをした思い出があります。父が用意した折り畳みチェアを、テントから少し離れたところに持っていき、一人で山の風景を描いていました。私はそのような静かな側面がある一方で、驚くほど突飛な行動をすることもありました。
6歳のときのこと。兄と池のほとりで遊んでいたときに、兄のジェスチャーと発言を、どういうわけか勘違いして、「どれだけ水面と平行になれるか勝負しよう」だと思い込み、そんな無茶なと思いつつも、脳内で万有引力を無視した体勢をイメージしていよいよ水面と平行になった私は、現実でもマイケルジャクソンの「ゼロ・グラビティ」ように、立っている岩の上から体をゆっくりと傾け、案の定、そのまま池に落ちました。


不思議なのは、水面と平行になれると思った反面、そんなことをしたら池に落ちるだろう、という理屈がちゃんと頭をよぎっていたこと。一度自分の中で解釈が成立すると、真意を確かめずに盲目的に突き進んでしまう性質と、理屈だけでは納得できずに実際にやってみるまで気が済まない性質とが、見事に対立しているようです。一見すると、前者は「素直で盲目的」、後者は「へそ曲がりで疑い深い」という真逆の行動のようですが、” 頭の理屈は、暴走する身体の衝動の言い訳に過ぎない ” 、とかつてショーペンハウアーが言ったように、人間は矛盾した生き物で、なんて操縦が厄介な乗り物なのだろうとつくづく感心するのです。
幼き頃の私はなぜ兄に真意を確かめもせず、池に盲没したのでしょうか。
そのような衝動的な節は、実は今でも時々あるのです。出展前日に面白そうな作品のアイディアが浮かんでしまおうものなら、どうしても形にしないと気が済まないものですから、まるでマリオカートのダッシュキノコを食べた時のようにガンギマリで、気がついたときには外が明るくなっている、、と放心状態で当日の朝を迎えたことが何度あったことでしょう。さらに「これは形にしたら絶対面白くなる」と確信していたのに、朝日を見て突然冷静になり、なぜこれを今作ろうと思ったのかと愕然とするのです。そこで終わるのならまだしも、その後運転をして搬入から夜まで覚醒状態でいなければならないわけですから、もう二度と徹夜なんてしないと誓うのですが、また痛みを忘れた頃に眩しさに絶望する朝を迎える日が来るのです。
あるいは、実際に試してみないと納得ができないという節が、その頃からあったのかもしれません。
最近、親方と400個の面相(羽子板の顔)を描く、非常に数の多い仕事を進めていたときのこと。1週間で100個ぐらいのペースですが、1日に100個の面相を長年描いてきた親方が曰く、「100個ずつに分けて取り掛かった方がいいかもな。こんなにあるのかって嫌んなっちゃうから」と苦笑したので、いつも合理的な判断を下す親方がそう言うのだからと、そのペースで進めていました。しかし段々慣れてくると、「あれ?この調子なら次は倍の数でいける気がする。その方が効率がいい。」なんて慢心が出てしまったものだから、200個描いていると、案の定、ペースがガタ落ちし、頭では早く前に進めたいのに体がどうも調子が出ない、という状況に陥りました。おまけに落ちてきたぼた餅は、内耳炎。決して親方の言ったことを信じていないわけではないのです。ただ、頭に浮かんだ仮説を自分の身体で検証しないと気が済まないのです。
結局のところ、私はいつになっても性懲りも無く、ここぞとばかりにマイケルジャクソンになれることを確信しては、池に落ちることを繰り返している気がする。
ずいぶん遠回りに理屈をこねましたが、日本のことわざではこれを「馬鹿の考え休むに似たり」というし、お釈迦さまは「無明」と一喝するだろうし、サルトルは「実存は本質に先立つ」と突き放すだろうし、親方は「頭じゃなくて手を動かせ」と言うだろうし、関西では「アホやん」と一発で言い表せるだけの話でした。
八ヶ岳で記憶にあるのは、薄暗い夕暮れ時の森の中に灯りがともり、木彫りのキーホルダーや色とりどりの手作りの木工品が並ぶ店先を、わくわくしながら眺めていた情景です。あの頃と変わらず繰り返している、景色や自然を眺めては、気になったことは実際にあれこれやってみて、そして後になって道理を探る。押絵制作の原点もまさに、祖母の羽子板をまじまじと眺めて、「実際に作ってみよう」から始まりました。
それが気がついたら、古くからある技術と現代の接点となるカタチを探る、ものづくりの今へと繋がっていました。
あのとき池に落ちた子どもと、いま押絵をつくっている自分との距離は、そう遠くないのかもしれません。
そんな記憶の断片から生まれたかもしれない作品。
ご覧いただけたら幸いです。



八ヶ岳クラフト市 さわやか夏の市
2026年7月3日(金)〜5日(日)10:00-16:00
会場:八ヶ岳自然文化園(長野県諏訪郡原村17217-1613)
https://yatsugatakecraft.net

